脊索腫(せきさくしゅ)

概要


脊索腫は、胎生期における脊索の遺残組織に由来する腫瘍で、頭蓋・脊椎に沿って、あらゆる部位に発生しますが、頭蓋底(斜台)と仙骨部に好発します。具体的には、脊索腫の約50%が仙骨部に発生し、頭蓋底は35%、その他脊椎が15%と報告されています。頭蓋底脊索腫は、日本の脳腫瘍全国調査によれば、全脳腫瘍の0.5%と稀な疾患で、男女差は明らかでなく、成人の全年齢層に発生します。欧米の報告では、頭蓋底脊索腫は年間200万人に1人発生し、50~60才代に多く、男性に多い傾向があります。

脊索腫は一般に黄色半透明から赤褐色の柔らかいゼラチン様の腫瘍ですが、石灰化や骨の断片などの固い成分、出血、壊死、嚢胞などを伴うことがあります。ときに軟骨成分が豊富に見られる腫瘍があり、軟骨脊索腫と呼び、典型的な脊索腫と比較して予後が良いとされてきましたが、低悪性度の軟骨肉腫との鑑別が困難なため、議論もあります。

症状


腫瘍の発生部位により症状が異なりますが、複視(物が二重に見える)を訴えることが多いです。腫瘍が斜台上方にあると視力視野障害を、また斜台下方にあると嚥下障害(飲み込みが悪い)・嗄声(声がかすれる)などを伴うことがあります。さらに腫瘍が大きく鼻腔や咽頭に進展すると、鼻閉(鼻づまり)や嚥下障害などの症状が出現します。

検査


診断には、MRIおよびCTが有用です。基本的に腫瘍は硬膜外にありますが、再発時や、時に初発の時から硬膜内に進展している場合があります。腫瘍の中にしばしば石灰化を認めますが、腫瘍増大に伴って腫瘍内に取り込まれた骨の小片の場合もあります。画像上、軟骨肉腫、悪性腫瘍(副鼻腔がん、リンパ腫など)、浸潤性下垂体腺腫、線維性骨形成異常などと鑑別が困難な場合があり、手術による組織診断が重要です。

治療


脊索腫の基本的な治療方針は手術による摘出です。頭蓋底脊索腫は、腫瘍発生部位に応じて様々な方法による手術が行われます。経鼻手術、開頭術、経口手術に大きく分けられますが、腫瘍サイズが大きく、血管や神経を巻き込んでいる場合、それらの手術を組み合わせたり、段階的な手術が必要なこともあります。

経鼻手術は、従来は顕微鏡を用いて行われていましたが、最近では、内視鏡手術が行われるようになり、低侵襲でかつ腫瘍に直接到達できるため、頭蓋底脊索腫の第一選択の手術法になりつつあります。しかし、頭蓋内進展腫瘍や到達困難な部位もあるため、他の手術法が必要なことがあります。開頭術は、腫瘍の部位に応じて様々な手術法があり、顕微鏡を用いて基本的に広いスペースから腫瘍を摘出できる利点があります。経口手術は、経鼻手術では到達困難な頭蓋底下方の頸椎移行部に対する腫瘍に対して行われ、腫瘍に直接到達できる利点があります。

一方、脊索腫の多くは、周辺の神経や血管を巻き込んで進展するため、手術により全摘することが困難です。したがって、ほとんどの場合、術後に放射線治療が行われます。残存腫瘍のサイズが小さく、高い線量が腫瘍局所に照射された場合、比較的良好な治療成績が期待できますが、視神経、脳幹などの重要な神経組織が近接するため通常の放射線治療には限界があります。そこで、周辺の神経組織への影響を回避して、腫瘍のみに高線量照射が可能な治療法である、ガンマナイフ、サイバーナイフ、陽子線、重粒子線(炭素イオン)、強度変調放射線治療 (IMRT)などが、それぞれの症例に応じて行われています。しかし、残念ながらそれでも再発する場合があります。

これまで脊索腫に有効な抗がん剤はありませんでしたが、最近、新たな分子標的薬を用いた臨床研究が欧米で行われており、今後は治療困難な脊索腫に対する新たな治療薬の開発が望まれています。

慶應義塾大学病院での取り組み


①経鼻内視鏡手術

当院では、伝統的に頭蓋底外科手術の開発にいち早く取り組んできました。とくに経鼻内視鏡手術は革新的な低侵襲手術として急速に発展してきましたが、より良い手術を行うために診療科の枠を超えてチームで取り組む必要があります。そこで、当院では、2008年から耳鼻咽喉科との合同チームで経鼻内視鏡手術を行っています。以前は、多くの施設で脳神経外科単独で顕微鏡手術により行われていましたが、経鼻内視鏡手術における耳鼻咽喉科医の役割が大きく、米国の最先端施設では耳鼻咽喉科との経鼻内視鏡チーム手術が標準的になりつつあります。当院では、鼻内操作は耳鼻咽喉科医が、頭蓋内操作は脳神経外科医が行ない、それぞれお互いの知識と経験を生かし、安全かつ確実な手術を行うことを心がけています。

他病院で治療不可能と言われた症例も、豊富な経験と知識に裏付けられた頭蓋底外科の手術手技を駆使した治療を行っています。

②ワクチン療法

また、当院では、手術・放射線治療などの有効な治療法のない患者さんに対して、世界初のワクチン療法の臨床試験を行っています。

腫瘍は新生血管を増殖させることにより成長していきます。その際にVEGF-A/VEGF receptor(VEGFR)シグナル伝達系が非常に強く関与します。そこで、現在までに当院ではこの腫瘍新生血管をターゲットとしたVEGFR1/2 ペプチドワクチンを用いた臨床研究(文献1)を遂行しており、悪性神経膠腫に対して安全性と一定の効果を示してきました。

脊索腫も、悪性神経膠腫同様にVEGF-A/VEGFRシグナル伝達系が亢進しているため、当院では現在「進行・再発難治性脳腫瘍に対するVEGFR1/2ペプチドワクチンの第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験(UMIN000029005)」を行っています。脊索腫では腫瘍血管のみならず、腫瘍細胞自身もVEGFR1, VEGFR2を発現しており(図)、実際にワクチン投与後の患者さんで、腫瘍の縮小が見られています。

本治療薬は、免疫療法という特性から、投与後に記憶細胞障害性T細胞(CTL)が長期に持続する点、今までに血栓症等の重篤な副作用を認めていない事がまず特筆すべき点です。また、本ワクチンでは、腫瘍血管内皮細胞のみならず、腫瘍細胞自身(脊索腫ではVEGFR1およびVEGFR2を発現)や免疫抑制機構を有する制御性T細胞(VEGFR2を発現)も標的になるため、有効性が期待されています。


関連リンク

  1. KOMPAS「経鼻内視鏡頭蓋底手術―脳神経外科・耳鼻咽喉科―」
  2. KOMPAS「ワクチン療法」
  3. 慶応義塾大学医学部脳神経外科学教室「ワクチン療法」

参考文献

  1. Shibao S, Ueda R, Saito K, et al: A pilot study of peptide vaccines for VEGF receptor 1 and 2 in patients with recurrent/ progressive high grade glioma. Oncotarget 9 (30): 21569-21579, 2018